日本酒の造り方:製造工程の概要
日本酒の醸造プロセスを、原料選びから瓶詰めまで、魅力的に解説。日本酒の背後にある職人の技と文化に触れてみましょう。
日本酒の造り方:職人の技が詰まった100日間
酒蔵を初めて見学したとき、衝撃を受けた。
冬の早朝、息が白くなる蔵の中で、蔵人たちが黙々と米を運んでいる。巨大なタンクからは発酵の音がぷつぷつと聞こえる。麹室では、30度を超える温度と湿度の中、職人が手で麹を混ぜていた。
「日本酒って、こんなに手間がかかるのか」
原料は米と水と麹。シンプルなのに、造り方は驚くほど複雑だ。この記事では、その工程を追いかけてみたい。知ると、次の一杯がきっと違って見える。

日本酒造りは冬の仕事
日本酒は、伝統的に冬に造られる。「寒造り」と呼ばれる。
理由は単純で、低温の方が発酵をコントロールしやすいから。雑菌も繁殖しにくい。エアコンのなかった時代、冬だけが酒造りに適した季節だった。
10月頃に蔵入りし、翌年の3月頃まで。約100日間、蔵人たちは酒蔵に泊まり込んで酒を造る。睡眠時間は4〜5時間という蔵もある。
現代は空調設備が整い、四季醸造(年中造る)の蔵も増えた。でも、冬に仕込む伝統を守る蔵も多い。「冬の酒が一番美味しい」と言う杜氏もいる。
原料:米、水、麹菌、酵母
日本酒の原料はシンプルだ。
米
普通の食用米でも造れるが、多くの蔵は「酒造好適米」と呼ばれる専用品種を使う。
山田錦、五百万石、雄町、美山錦——これらの酒米は、粒が大きく、中心に「心白」と呼ばれるデンプンの塊がある。この心白が、雑味のない酒を生む。

水
日本酒の約80%は水だ。だから水の質が酒の味を左右する。
灘の「宮水」は硬水で、辛口でキレのある酒になる。伏見の水は軟水で、まろやかな酒が生まれる。新潟の雪解け水は超軟水で、淡麗な酒を育てる。
良い水がなければ、良い酒は造れない。酒蔵が水源の近くに建つのは、そういう理由だ。
麹菌
日本酒造りの主役と言ってもいい存在。
麹菌(Aspergillus oryzae)は、米のデンプンを糖に変える。この糖がなければ、酵母はアルコールを作れない。
麹造りは「一麹、二酛、三造り」と言われるほど重要。蔵の味を決める最大の要素とも言われる。
酵母
糖をアルコールと香りに変えるのが酵母の仕事。
「協会酵母」と呼ばれる、日本醸造協会が頒布する優良酵母が多く使われている。7号、9号、14号など、番号で呼ばれる。それぞれに特徴があり、香りの出方が違う。
蔵独自の「蔵付き酵母」を使うところもある。その蔵にしか存在しない酵母が、唯一無二の味を生む。
製造工程:米が酒になるまで
1. 精米(3〜7日)
まず、米の外側を削る。
米の外層には脂質やタンパク質が多く、これが雑味の原因になる。中心のデンプン部分だけを使うために、ひたすら削る。
大吟醸クラスだと、精米歩合50%以下。つまり半分以上削る。この工程だけで2〜3日かかることもある。
2. 洗米・浸漬(数時間〜1日)
精米した米を洗い、水に浸ける。
水を吸わせる時間は、秒単位で管理する蔵もある。吸水率が酒の出来を左右するからだ。ストップウォッチを片手に、緊張感が漂う作業。
3. 蒸米(1時間程度)
米を蒸す。炊くのではなく、蒸す。
炊くと米がベタベタになってしまう。蒸すことで、外はしっかり、中はふっくらの状態を作る。この状態が、麹菌が入り込むのに最適。
蒸し上がった米は「蒸米」と呼ばれ、麹造り用・酒母用・もろみ用に分けられる。
4. 麹造り(約48時間)
ここが最も神経を使う工程。
蒸米に麹菌の胞子を振りかけ、温度30〜35度、湿度の高い「麹室(こうじむろ)」で約48時間かけて育てる。
麹菌が米に根を張り、デンプンを糖に変える酵素を作り出す。温度が高すぎれば麹菌が死に、低すぎれば育たない。夜中も2〜3時間おきに様子を見に行く蔵人もいる。
「麹の出来で酒の7割が決まる」と言う人もいるほど重要な工程だ。
5. 酒母(酛)造り(2〜4週間)
麹、蒸米、水、酵母を合わせて「酒母」を造る。
酒母は、元気な酵母を大量に培養するためのスターター。ここで酵母を強く育てておかないと、本番の発酵がうまくいかない。
速醸酛、生酛、山廃酛など、いくつかの製法がある。生酛・山廃は手間がかかるが、複雑な旨みが出やすい。
6. もろみ発酵(3〜4週間)
いよいよ本番。酒母に、さらに麹・蒸米・水を加えて発酵させる。
ここで日本酒特有の「並行複発酵」が起こる。
麹がデンプンを糖に変え、酵母がその糖をアルコールに変える。この二つのプロセスが同じタンクの中で同時に進行する。世界でも珍しい発酵方式だ。
添加は3回に分けて行う(三段仕込み)。一度に全部入れると、酵母が薄まって発酵が弱くなるからだ。

7. 搾り
発酵が終わったもろみを搾って、液体(酒)と固体(酒粕)に分ける。
伝統的な「槽搾り」は、袋にもろみを入れて重しで搾る方法。時間はかかるが、繊細な味わいになる。
機械式のプレスを使う蔵も多い。効率が良く、品質も安定する。
搾りたての酒は「あらばしり」と呼ばれ、フレッシュで華やか。中盤で出てくる「中取り」は最もバランスが良いとされる。
8. 火入れ・貯蔵
多くの日本酒は、搾った後に加熱殺菌(火入れ)を行う。
60〜65度で加熱することで、酵素と微生物の活動を止め、味を安定させる。火入れをしない「生酒」は、フレッシュだが劣化しやすい。
火入れ後は、数ヶ月から1年以上貯蔵される。この間に味がまろやかになり、角が取れていく。
9. 瓶詰め・出荷
最後に水を加えてアルコール度数を調整し(加水)、瓶詰め。
加水しない「原酒」は、度数が高くパンチがある。
こうして約100日、長いものでは1年以上かけて、一本の日本酒が完成する。
知ると変わる、一杯の重み
酒蔵見学で聞いた言葉が忘れられない。
「米一粒も無駄にできないんです」
冬の寒い中、眠い目をこすりながら麹の様子を見に行く。温度を1度間違えれば、全てが台無しになりかねない。そうやって100日間、神経を使い続けて、ようやく一本の酒ができる。
次に日本酒を飲むとき、その工程を少し想像してみてほしい。きっと、味わいが違って感じられる。

麹について詳しく知りたい方は麹とは何かをご覧ください。
酒母の種類については酒母の種類と特徴で解説しています。