日本酒と水:軟水と硬水で変わる味わい
日本酒の80%は水でできている。仕込み水の硬度が酒質に与える影響、名水と呼ばれる水の特徴、そして水が生み出す地域の個性を解説。
日本酒と水:酒の八割を占める存在

「うちの水は軟水なんです」
酒蔵を訪ねると、杜氏がまず水の話をすることがある。米でも酵母でもなく、水。
日本酒の約80%は水でできている。当然、どんな水を使うかで味が変わる。軟水か硬水か、その違いが酒の個性を決める。
仕込み水とは
日本酒造りに使う水
日本酒の製造工程では、さまざまな場面で水を使う。
米を洗う水、浸漬する水、蒸米を冷やす水、醪(もろみ)に加える水——これらを総称して「仕込み水」と呼ぶ。
特に重要なのは、醪に直接加える水。この水の性質が、酒の味わいに直結する。
水の使用量
1升(1.8L)の日本酒を造るのに、その何倍もの水が必要になる。
洗米から仕込みまでを含めると、米の30〜50倍の水を使うと言われる。だから酒蔵は、良質な水が得られる場所に建てられてきた。
軟水と硬水
硬度とは
水の「硬度」は、カルシウムとマグネシウムの含有量で決まる。
一般的に、硬度100mg/L以下が軟水、100〜300mg/Lが中硬水、300mg/L以上が硬水とされる。ただし、日本酒の世界では、硬度50mg/L程度を境に「軟水」「硬水」と呼ぶことが多い。
硬水の酒
硬水にはミネラルが多く含まれる。
ミネラルは酵母の栄養源になるため、発酵が活発に進む。結果として、辛口でキレのある、力強い酒になりやすい。
兵庫県の灘は硬水の産地として有名。灘の「宮水(みやみず)」は硬度が高く、この水で造られた酒は「灘の男酒」と呼ばれてきた。
軟水の酒
軟水はミネラルが少ない。
発酵がゆっくり進むため、穏やかで柔らかい味わいの酒になりやすい。甘口、または旨味のある酒になる傾向がある。
広島県の酒は軟水仕込みで知られ、「広島の女酒」と呼ばれてきた。新潟県も軟水地帯で、淡麗な酒質の一因となっている。
名水と日本酒
宮水(兵庫県・灘)
灘五郷の酒造りを支えてきた宮水。江戸時代に発見され、この水で造った酒が江戸で人気を博した。
宮水の特徴は、カルシウムやカリウムが多く、鉄分が少ないこと。鉄分は酒を劣化させるため、少ないほど良い。
この水のおかげで、灘の酒は長距離輸送に耐え、「下り酒」として江戸まで運ばれた。
伏見の水(京都府)
京都・伏見の水は、宮水とは対照的な軟水。
「御香水(ごこうすい)」と呼ばれる名水が湧き、まろやかで上品な酒を生み出してきた。伏見の酒が「女酒」と呼ばれる所以だ。
仕込み水の多様性
日本各地に名水があり、それぞれの水が地域の酒の個性を形作っている。
北海道の雪解け水、東北の清冽な伏流水、中国地方の花崗岩を通った水——どれも異なる性質を持ち、異なる酒を生む。
水が酒に与える影響
発酵への影響
硬水のミネラルは、酵母を活性化させる。
発酵が速く進むと、糖がアルコールに変わりやすく、辛口になる。また、発酵が旺盛だと、酸度も高くなりやすい。
軟水では発酵がゆっくり進む。糖が残りやすく、まろやかな味わいになる。軟水仕込みの技術を確立したのが、広島の三浦仙三郎だ。明治時代、軟水でも良い酒が造れることを証明した。
酒質への影響
同じ米、同じ酵母を使っても、水が違えば味が変わる。
硬水の酒:キレがある、辛口、骨格がしっかり 軟水の酒:まろやか、柔らかい、ふくよか
もちろん、これは傾向であって絶対ではない。軟水でも辛口の酒は造れるし、硬水でもまろやかな酒はある。水は一つの要素であり、最終的な酒質は総合的な技術で決まる。
鉄分の害
水に含まれる鉄分は、日本酒にとって天敵。
鉄分が多いと、酒が褐色に変色し、香りも悪くなる。「鉄くさい」という欠点につながる。
そのため、仕込み水は鉄分が少ないことが絶対条件。酒蔵は水質検査を欠かさず行い、鉄分の少ない水源を確保している。
水の処理
濾過と調整
酒蔵によっては、仕込み水を濾過して使うこともある。
活性炭濾過で不純物を取り除いたり、硬度を調整したりする。ただし、過度な処理は水の個性を失わせるため、最小限にとどめる蔵が多い。
井戸水と水道水
多くの酒蔵は、敷地内の井戸から水を汲み上げている。
地下水は水温が安定しており、不純物も少ない。酒造りに適した水を求めて、深い井戸を掘る蔵もある。
水道水を使う蔵もあるが、塩素を除去する処理が必要になる。
水を感じる飲み方
産地で選ぶ
酒の産地を意識すると、水の違いが見えてくる。
灘の酒と伏見の酒を飲み比べる。新潟の酒と高知の酒を比べる。産地ごとの「味の傾向」が、実は水の違いから来ていることに気づくだろう。
仕込み水を飲む
酒蔵見学に行くと、仕込み水を試飲させてもらえることがある。
その水を飲んでから、その蔵の酒を飲む。水の柔らかさや硬さが、酒の味わいにどう反映されているか、感じられるかもしれない。
和らぎ水
日本酒を飲むとき、合間に飲む水を「和らぎ水(やわらぎみず)」と呼ぶ。
できれば、飲んでいる酒と同じ蔵の仕込み水がベスト。なければ、軟水のミネラルウォーターを。悪酔い防止にもなるし、口をリセットして次の一杯を新鮮に味わえる。
まとめ
日本酒の80%は水。この事実が、水の重要性を物語っている。
硬水は力強い酒、軟水は穏やかな酒——この傾向を知っていると、酒選びの参考になる。産地を見れば、水の性質がある程度推測できる。
次に日本酒を選ぶとき、産地の水にも思いを馳せてみてほしい。その土地の水が、その酒の味を形作っている。