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福島の日本酒:金賞ゼロから9連覇までの30年

福島の日本酒:金賞ゼロから9連覇までの30年

1990年の全国新酒鑑評会で金賞蔵ゼロだった福島県が、なぜ金賞受賞数日本一の常連になったのか。1992年設立の清酒アカデミーと県独自の酵母・酒米開発から、飛露喜・写楽・廣戸川を生んだ産地の変化をたどります。

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執筆: delicious sake 編集部

福島の日本酒:金賞ゼロから始まった30年

いまでこそ福島は「金賞受賞数日本一」の代名詞になっているが、出発点は正反対だった。

1990年の全国新酒鑑評会で、福島県から金賞を受けた蔵はひとつもなかった

そこから福島がとった行動は、他県とは少し違っていた。設備投資でも広告でもなく、学校をつくったのである。

全国新酒鑑評会という物差し

話の前提として、この鑑評会が何かを押さえておきたい。

全国新酒鑑評会は、独立行政法人酒類総合研究所と日本酒造組合中央会が共催する審査会で、その年に造られた新酒の品質を評価する。始まりは1911年(明治44年)と古く、日本酒の品質・製造技術の向上を目的として続けられてきた。

出品されるのはおおむね大吟醸クラスの酒で、蔵にとっては技術の総力を問われる場になる。入賞のなかでも特に優れたものが金賞とされ、都道府県別の金賞受賞数は、その産地の技術水準を示す指標として広く参照されている。

その物差しの上で、1990年の福島はゼロだった。

解決策は「学校」だった

福島県酒造組合が1992年に設立したのが、福島県清酒アカデミー職業能力開発校である。

目的は、地元で吟醸酒を造れる杜氏・技術者を自前で育てること。3年間のカリキュラムで、座学から醸造実習まで体系的に指導する。県内の蔵の後継者たちがここに集まった。

この学校がもたらした最大の変化は、カリキュラムの内容そのものより、技術が蔵の外に出たことだったといわれる。それまで酒造りのノウハウは各蔵の門外不出の財産であり、他蔵に教えるものではなかった。同じ教室で学ぶという形をとることで、経験と失敗が県内で共有されるようになった。

指導にあたるのは、県の研究機関である福島県ハイテクプラザ会津若松技術支援センターの技術者たちでもある。研究機関と業界団体と各蔵が、同じ場でつながる構造ができあがった。

一人の名人が突出するのではなく、県全体の平均値を引き上げる。福島が選んだのはこの道だった。

酵母と米も、県内でつくる

人材育成と並行して進んだのが、原料と微生物の開発である。

**うつくしま夢酵母(F7-01)**は、1988年(昭和63年)から4年間にわたる研究プロジェクトのなかで、福島県ハイテクプラザ会津若松技術支援センターの醸造食品科が開発し、1991年(平成3年)に完成した福島初のオリジナル酵母だ。フルーティな香りを生みながら、酸が出過ぎずマイルドな味わいに仕上がる性格を持つ。

酒米では、**夢の香(ゆめのかおり)**がある。県農業試験場が、五百万石に代わる良質な酒米を目指し、1991年(平成3年)に八反錦1号を母、山形酒49号を父として人工交配して育成した、福島初の県オリジナル酒造好適米である。

香りを出す酵母と、その香りを受け止める米。県の研究機関が育てた技術者が、県が育てた原料で酒を仕込む——この循環が、90年代以降の福島の土台になった。

9連覇という結果

成果が数字に表れるまでには、それなりの時間がかかっている。

福島県が全国新酒鑑評会の都道府県別金賞受賞数で首位に立ったのは2012酒造年度。そこから9連覇を達成した。この記録には、新型コロナウイルスの影響で金賞が選定されなかった2019酒造年度が挟まっている。

その後も福島は上位を維持し続けており、2025酒造年度には20銘柄が金賞を獲得して、都道府県別で2年連続の日本一となった。

学校の設立が1992年、初の首位が2012酒造年度。20年である。産地の実力が変わるのに必要な時間の目安として、これは示唆的な数字だろう。

震災を挟んで

福島の酒を語るとき、2011年の東日本大震災と原子力発電所の事故は避けて通れない。

生産設備の被害に加え、県産品全般が風評の影響を受けた。品質とは無関係の理由で売れないという状況に、蔵は直面することになる。

首位を取り続けた期間は、まさにこの時期と重なっている。鑑評会という第三者の審査で、産地の技術が数字として示され続けたことは、風評に対して事実で応じる方法のひとつになった。9連覇という記録が福島県内で強く記憶されているのは、単なる名誉ではなく、そうした文脈があるからでもある。

三つの地域、三つの顔

福島県は東西に広く、会津・中通り・浜通りの三地域に分かれる。同じ県でも気候はかなり違う。

会津は内陸の盆地で、冬は雪深く寒暖差が大きい。飯豊山系・磐梯山系の伏流水に恵まれ、県内の蔵が最も集中する地域である。福島の酒の中核といっていい。

中通りは阿武隈高地と奥羽山脈に挟まれた縦長の一帯。安達太良山の伏流水を使う蔵があり、郡山・二本松・福島市などの都市部を含む。

浜通りは太平洋沿岸の温暖な地域。冬でも比較的雪が少なく、海の幸と合わせる酒が飲まれてきた。

軟水で仕込む蔵が多く、福島の酒は全体としてやわらかい口当たりに寄る。香りは華やかだが突出せず、甘辛のバランスが取れた方向に落ち着く傾向がある。「欠点がない」という評価は地味に聞こえるが、鑑評会で評価されるのはまさにその精度の高さである。

蔵と銘柄

**廣木酒造本店の「飛露喜」**は、福島の名を全国区にした銘柄。かつて廃業も視野に入るほど厳しい状況にあった小さな蔵が、無濾過生原酒という当時としては珍しい商品で評価を得て、現在は入手困難な人気銘柄になった。

**宮泉銘醸の「写楽」**は会津若松の蔵の銘柄。2000年代に立ち上げられ、華やかな香りとみずみずしい甘みで支持を広げた。比較的新しいブランドが短期間で全国区になった例である。

**松崎酒造の「廣戸川」**は天栄村の小規模蔵。全国新酒鑑評会の金賞常連として知られ、派手な要素はないが完成度の高さで評価される。福島の技術水準を象徴する存在といえる。

**曙酒造の「天明」**は会津坂下町の蔵。醪を搾る際の中間部分だけを取る「中取り」にこだわり、澄んだ味わいと旨味を両立させている。

**夢心酒造の「奈良萬」**は喜多方の蔵の銘柄で、食中酒としての完成度が高い。料理の邪魔をせず、毎日飲んでも疲れない設計になっている。

**鶴乃江酒造の「会津中将」**は会津若松の老舗。女性の造り手が手がける「ゆり」というラインも展開している。

大七酒造(二本松市)は江戸中期創業の老舗で、伝統的な生酛(きもと)造りを看板に掲げ続けてきた蔵。乳酸菌を自然に取り込む手間のかかる製法で、コクと厚みのある酒を生む。

食と合わせる

福島の酒はやわらかく、素材の味を立てる料理と組み合わせやすい。

こづゆは会津の代表的な郷土料理で、干し貝柱でとった出汁に里芋や豆麩、きくらげなどを合わせた椀もの。上品な出汁の風味と、福島の酒のきれいな旨味は自然に重なる。

馬刺しも会津の名物。赤身のあっさりした肉に、香りの穏やかな純米酒がよく合う。にんにく味噌を添えるのが会津流だ。

いか人参——スルメと人参を醤油ベースで漬けた中通りの家庭料理——のような塩気のあるつまみには、常温か少し温めた酒がいい。山あいのイワナやヤマメの塩焼きも、山の水で仕込んだ酒と相性がいい組み合わせになる。

温度は、吟醸系は冷やして香りを楽しみ、純米酒は常温からぬる燗へ。生酛造りの酒は温めると本領を発揮するので、大七のようなタイプはぜひ燗で試したい。

訪ねるなら

会津若松は蔵が集中し、市街地に見学可能な蔵がある。七日町通りの古い町並みには地酒を出す店が並ぶ。喜多方は蔵の町として知られ、ラーメンだけでなく酒蔵巡りも楽しめる。郡山・福島市の飲食店では、県内各地の酒を横断的に飲み比べられる。

会津の冬は雪が深いが、仕込みの最盛期でもある。時期を選べば、造りの空気に触れられる。


福島の酒は、才能に恵まれた産地の話ではない。金賞ゼロという結果を突きつけられた県が、学校をつくり、技術を共有し、酵母と米を自前で開発して、20年かけて順位を入れ替えた——その履歴の上にいまの一本がある。

廣戸川や奈良萬のように、派手さより完成度で選ばれる酒を手に取ると、この産地が何を積み上げてきたのかが伝わってくるはずだ。


新潟の日本酒については新潟の日本酒をご覧ください。

日本酒の品評会については受賞酒から選ぶで詳しく解説しています。

参考: 福島県酒造組合・福島県ハイテクプラザ会津若松技術支援センターの公開情報、福島県「福島県オリジナル酒米『夢の香』」、福島民報(全国新酒鑑評会 関連報道)、日本経済新聞(清酒アカデミー 関連報道)、酒類総合研究所・日本酒造組合中央会「全国新酒鑑評会」

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