山形の日本酒:県ぐるみで設計された吟醸王国
2016年、山形県は都道府県単位で全国初のGI(地理的表示)指定を受けました。米・酵母・麹菌まで自前で開発し、認証制度で品質を担保する——十四代や出羽桜を生んだ山形の強さを、制度の面からたどります。
山形の日本酒:県ぐるみで設計された吟醸王国
山形の酒といえば「十四代」の名前が真っ先に挙がる。入手困難な銘柄として語られすぎたせいで、山形=一部の希少な酒、という印象を持っている人も多い。
けれど山形の本当の特徴は、突出した一蔵がいることではない。県全体で酒の品質を設計し、それを制度として担保していることにある。米も、酵母も、麹菌も自分たちで開発し、基準を満たした酒だけに名乗りを許す。産地としてここまで作り込んだ例は、全国でもそう多くない。
産地そのものが「山形」を名乗る資格を得た
2016年12月16日、山形県は国税庁長官から**地理的表示(GI)「山形」**の指定を受けた。
GIとは、産地名そのものを知的財産として保護する制度である。ある土地の名前を酒に冠するには、その土地の水・気候・原料・製法などの条件を満たし、審査を通らなければならない。フランスのワインでいうAOCに近い考え方だ。
清酒の分野でGIが認められたのは山形が3例目だったが、都道府県の単位で指定されたのは全国で初めてだった。それまでのGIは「白山」(石川県白山市)のように、より狭い地域が対象になっていた。県全域が一つの産地として認められるには、県内どこの蔵で造られた酒でも一定の水準に達している、という証明が要る。
指定の審査では、水質・気候・土壌といった自然条件に加えて、県が独自に開発してきた米の品種や微生物、そして受け継がれてきた技術が、山形の清酒の性格をどう形づくっているかが評価された。つまりこの指定は、自然の恵みだけでなく、山形が数十年かけて積み上げてきた人為的な設計に対する評価でもある。
米を、自分たちで開発する
山形の設計はまず米から始まった。
**出羽燦々(でわさんさん)**は、県の農業試験場が11年をかけて開発し、1995年に登場した山形初のオリジナル酒造好適米である。心白の入り方や溶けやすさが吟醸造りに向き、華やかな香りを引き出しやすい。2013年頃には全国の酒造好適米のなかで生産量4位に入るまでになった。
出羽の里は2005年に生まれた品種。高精白しなくても雑味が出にくく、手頃な価格帯でも質の高い酒を造れるという設計思想を持つ。すっきりした後味と、輪郭のはっきりした旨味が特徴とされる。
**雪女神(ゆきめがみ)**は2015年に導入された、大吟醸クラス専用の品種だ。「原料米まで100%山形県産で最高級の日本酒を造る」という目標のもとに開発された。それまで大吟醸には兵庫の山田錦を使うのが通例だったから、これは県産だけで最上位の酒を完結させるという宣言に等しい。
米という最も基礎的な部分を外部に依存しないこと。山形の産地づくりは、ここから始まっている。
酵母も、麹菌も、県産で
原料だけではない。山形は微生物まで自前で持っている。
山形県工業技術センターと酒造組合が共同で研究を進め、華やかな吟醸香を生む山形酵母を開発した。さらに、麹菌についても県独自の**「オリーゼ山形」**を実用化している。
酒造りは「一麹、二酛、三造り」といわれるほど麹の出来が味を左右する。その麹菌までを地域で開発・供給している産地は、全国的にも珍しい。米(出羽燦々)、酵母(山形酵母)、麹菌(オリーゼ山形)——酒の味を決める三つの要素が、すべて山形産で揃うことになる。
DEWA33 という認証
そしてこの三つを組み合わせた酒に、山形は名前を与えた。DEWA33である。
名乗るには、次の条件をすべて満たさなければならない。
- 出羽燦々を100%使用していること
- 純米吟醸酒であること
- 精米歩合55%以下であること
- 山形酵母を使用していること
- 麹菌にオリーゼ山形を使用していること
これらを満たしたうえで審査会を通過して初めて、「純正山形酒審査会認定証」が貼られ、DEWA33を名乗れる。蔵が自己申告するのではなく、第三者の審査を経る仕組みになっている点が重要だ。
異なる蔵が同じ規格の酒を造る、というのは一見すると個性の否定に見えるかもしれない。しかし実際には逆で、原料と微生物という変数を固定するからこそ、蔵ごとの技術の違いが浮かび上がる。飲み比べれば、同じ設計図から出発した酒がどれだけ違う表情を見せるかがよくわかる。
このほか、県酒造組合はさらに上位の規格として「山形讃香」も設けている。産地全体で階層のある品質基準を持っているということだ。
「吟醸王国」の実力
こうした積み重ねは、全国区の評価にはっきり表れている。
毎年開かれる全国新酒鑑評会で、山形県は長く金賞受賞数の上位を維持してきた。令和4酒造年度(2022年度)には、出品818点中218点が金賞という審査のなかで、山形県が都道府県別の金賞受賞数で全国最多となっている。近年も常に上位に名を連ねる産地であり続けている。
県内には50前後の蔵があり、その多くが吟醸造りの技術を高い水準で共有している。突出した一蔵が数字を稼いでいるのではなく、産地全体の底が上がっている——これが「吟醸王国」と呼ばれる実質である。
味わいの傾向
山形の酒は、華やかで、旨味に厚みがあるという方向にまとまる傾向がある。
香りは吟醸香が豊かで、洋梨やメロンを思わせるフルーティさが出やすい。口に含むと米の甘みと旨味がふくらみ、後口はきれいに切れる。同じ東北でも、淡麗辛口を突き詰めた新潟とは対照的なスタイルだ。
この方向性は偶然ではなく、香りを出しやすい酵母、溶けのよい米、低温発酵に適した冬の寒さという条件を、意図的に組み合わせた結果でもある。
蔵と銘柄
**高木酒造の「十四代」**は、1990年代後半に日本酒のイメージを塗り替えた銘柄。それまで日本酒は辛口が上等とされていたところへ、果実のような香りと甘やかな旨味を持つ酒を提示し、日本酒から離れていた層を引き戻した。現在は入手が難しく、定価を大きく超える価格で取引されることも多い。
**出羽桜酒造の「桜花吟醸酒」**は、1980年に発売された吟醸酒。当時、吟醸酒は鑑評会に出すための特別な酒で、市場にはほとんど出回っていなかった。それを一般向けの商品として世に出したこの一本が、その後の吟醸酒ブームの起点になったといわれる。今も価格と品質のバランスがよく、山形の入り口として選びやすい。
楯の川酒造の「楯野川」は、2010年10月(平成22酒造年度)から、山形で初めて全量を純米大吟醸に切り替えた蔵。「100年後に世界中の高級日本食レストランで提供される日本酒になる」という目標を掲げ、造る酒の規格そのものを絞り込むという選択をした。
**亀の井酒造の「くどき上手」**は、名前の通り、飲み手を惹きつける甘やかで艶のある味わい。フルーティさが際立つが後口は重くない。
**小嶋総本店の「東光」**は、米沢藩の御用酒屋を務めた歴史を持つ老舗。伝統の厚みを保ちながら海外市場にも積極的で、輸出でも評価を得ている。
**酒田酒造の「上喜元」**は、庄内・酒田の蔵。派手さより飲み飽きなさで支持され、地元の日常に根を張った「地酒」の性格が強い。
郷土の食と合わせる
旨味に厚みのある山形の酒は、味のしっかりした料理と噛み合う。
芋煮は山形の秋の象徴といえる料理で、里芋・牛肉・こんにゃくを醤油ベースで煮込む。甘辛い出汁の余韻に、純米酒の旨味が自然に続く。河原に鍋を持ち出す「芋煮会」は県内各地で秋の恒例行事になっている。
山形牛のすき焼きやステーキには、脂の甘みに負けない厚みのある純米酒を。だし——夏野菜と香味野菜を細かく刻んで醤油で和える郷土料理——には、冷やした爽やかな酒がよく合う。玉こんにゃくのような素朴なつまみは、ぬる燗と相性がいい。
温度は、吟醸系なら10℃前後で香りを楽しみ、純米系は常温からぬる燗にすると旨味が開く。「東光」や「上喜元」の純米酒は、温めた方が本領を発揮するタイプだ。
産地を訪ねる
山形は大きく三つの酒どころに分かれる。
村山地方(山形市・天童・村山)は蔵の数が最も多い一帯。山形市の七日町周辺には地酒を揃えた店が集まっている。置賜地方(米沢・高畠)は米沢牛で知られる城下町エリアで、小嶋総本店などの歴史ある蔵がある。庄内地方(酒田・鶴岡)は日本海の港町と城下町で、海の幸と合わせる酒が発達した。
多くの蔵が見学や直売に対応している。同じ県内でも、内陸と海側では合わせる料理も酒の性格も違うので、地域を変えて飲み比べると産地の幅が見えてくる。
山形の酒は、恵まれた自然を語るだけでは説明がつかない。米の品種を開発し、酵母と麹菌を持ち、基準をつくって審査する——産地を一つの設計対象として扱ってきた結果が、いまの「吟醸王国」である。
有名な一本を追いかけるのもいいが、DEWA33の規格で造られた各蔵の酒を並べて飲むと、この県が何をしてきたのかが最もよくわかる。
新潟の日本酒については新潟の日本酒をご覧ください。
酒蔵見学のコツは酒蔵見学ガイドで詳しく解説しています。
参考: 国税庁「酒類の地理的表示一覧」、山形県酒造組合「GI紹介」「DEWA33・山形讃香・出羽の里・雪女神」、日本酒造組合中央会「GI山形」、食品産業新聞社(令和4酒造年度全国新酒鑑評会)、出羽桜酒造・楯の川酒造の公開情報